第36宿赤坂の章 | ||
撮影日 | 2015年4月2日、4月18日 | |
サポート隊員 | 二代目Mr.人力二輪 スルガの暁号 | |
愛知県豊川市 | ||
前回のあらすじ 強風時通行注意の歴史的松並木を無事通過した一行は、赤坂宿へ向かう。 |
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橋を渡ると赤坂の宿場はもうすぐ。 | |
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この辺りが赤坂の東見附跡。 道幅がやや広い。 往時には、線のあたりに門とか木戸があったかも。 |
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古い作りの家には、道に面して格子あり。いかにも街道沿いの趣です。 | |
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赤坂宿のうなぎや。準備中。 | |
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古い酒屋の看板。今では見られない趣深い造形です。 | |
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こちらの飾りも渋くていいですね。 | |
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ここは赤坂の問屋場跡。低い位置だと交通の邪魔になるので、高い位置のあるのでしょうか。 | |
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赤坂本陣跡。立派な塀ですね。今も現役で民家の敷地の様です。 | |
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本陣跡の少し先、街道的展示のある広場。 ここから名電赤坂駅へも行ける。撤退時はここから駅へ向かいます。 |
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街道沿いの昔の地図と、高札場の復元。高札等の設置位置は、上の写真の右端のさらに右。 | |
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高札の内容は、政府刊行物ゆえ治安関係のお触書多数。
博打・カルテル・違法薬物販売禁止、宗教統制など。放火は厳重処分。 毒物も販売禁止など、薬事関連の取り締まりも厳しい模様。 |
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民芸店の軒先の看板"ユイツ"。感冒薬のようですが、今では見かけません。 | |
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こちらは、赤坂宿では知らぬ人のない旅籠大橋屋。平成27年3月まで旅館営業。 今はすでに廃業。21世紀現在、東海道リアル旅籠は全滅してしまった。なんとも残念。 |
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街道沿いには、この手の古い看板が残っているのをしばし見かけます。 キャッチコピー、デザイン、色の褪せ具合等トータルでもはや芸術品ですね。 |
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赤坂の宿は、砂防的には危険区域となっています。家のすぐ裏まで山が迫っています。 | |
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宿場の御休処よらまいかん。建物内で休憩可。 自販機とトイレあり。 |
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よらまいかん前には浮世絵の看板。絵にはソテツが描かれています。 なお、今のところリアルソテツは見えてきません。 |
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よらまいかんの隣は、豊川市音羽図書館敷地。宿場一帯は、行政区分には旧音羽町。 | |
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音羽図書館敷地にある看板。防大、防衛医大ほか各種コース養成の一覧。 常時募集中。 |
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よらまいかんの少し先、赤坂陣屋跡。 お代官と上級役人の執務室および公邸があったそうです。 問屋場が宿場の物流と金融の拠点だとすると、陣屋は司法と行政の拠点でしょうか。 |
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赤坂宿の西見附付近。黄色線のあたりにあったようです。 | |
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宿場エリアを抜けて少し走ると、農地が多くなってきます。 | |
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街道脇のお寺の参道にて。外灯に設置の看板"お買い物は地元で"音羽商工会。 街道筋にはあまり商店はないようですが。 |
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川沿いの土手にて、長沢一里塚跡を発見。21世紀現在においては、本当にただの土手ですね。 | |
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一里塚の少し先、長沢城跡。街道沿いに流れる音羽川の両岸に城やら砦やらがあったそうです。確かにあっちもこっちも山です。 | |
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ここの常夜灯は電灯が入っています。撮影時、日中も点灯しており、バリバリの現役感を演出。 | |
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現在道幅はこのような感じですが、車の交通量は侮れません。道の真ん中で撮影していると轢かれかねない。 | |
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常夜灯その2。こちらも電球が。常夜灯の電化は自治会のミッションか何かなのでしょうか。 | |
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集落の道から、国道1号に合流。 | |
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ここの区間では、国道、名鉄路線、高速道路が三位一体となって併走しています。この一帯、土地の路線価が高かったりするのでしょうか? | |
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歩道植え込みに国道の標識。こういう立て方は珍しいですね。設置物に制限でもあるのでしょうか。 | |
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ついに豊川市の端まで来ました。看板の先から岡崎市。 | |
愛知県岡崎市 | ||
間宿 本宿 | ||
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来たぜ岡崎、と思ったら赤坂〜藤川の間宿である本宿のエリアに来ました。イベント盛りだくさん。 | |
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広い歩道の一角に石碑、看板、ベンチ、冠木門あり。 間宿の入口を再現しています。 |
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国道本体から別れ、側道の歩道を進みます。この側道はあまり車どおりがありません。 | |
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旧道への分かれ道に来ました。 | |
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歩道の一角に道標と看板が立っています。 昔の道標を模したつくりで、"東海道"、"国道1号"と刻んであります。看板は本宿案内。 |
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本宿の通りは趣があります。 とはいえ、もはや見慣れた感もあります。 |
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東海道の道標。この近辺は、このような新しい石の道標がちらほら設置してあります。 | |
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とある自販機の一側面。 家康公をプッシュしています。 |
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こちらは、赤坂宿でも見た"執務室と公邸のセット"、即ち陣屋&代官屋敷跡。街道筋からやや奥にあり、現在は病院建物と駐車場。 | |
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奥に入ると、古い石垣が残っており、往時の趣を感じられます。 | |
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こちら、日レ社の事務所のようです。お金のある企業所有だと、古い建物の保存もいい感じに行くようです。 | |
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民家敷地の松ですが、名残の松のようでもあり。 | |
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旧本宿村の道路原票。明治に街道の要所要所に設置したものだとか。 | |
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ブリキの看板。こちらの自動車学校はまだあるのでしょうか。 | |
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本宿一里塚。 宿場の中にあるような一里塚は、大体こんな扱いですね。 |
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現役の土壁がなかなかワンダラスな民家。昔のお医者さんのお宅だそうです。 | |
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旧道と国道の合流点に宿場の案内看板。 なお、説明看板は国道向きなので、旧道からは読めません。残念。 |
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御菓子処 葵園 本宿店。 チーズ入りの餅とみかん入りの餅が一押し商品。結構うまい。 |
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しばし国道走行後、わき道から旧道エントリー。 | |
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街道標識と名鉄の線路。 線路に柵がないので入り放題。事故は起きないのでしょうか。 |
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旧道の先に街道モニュメント発見。 写真右は園芸店。時期的に花がきれいですね。 |
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宿場西の冠木門。間宿 本宿はここまで。 | |
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冠木門の先にある松。資料によれば街道名残の松。年季の入った感じはしますね。 | |
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この先の橋を越えると、そこは藤川宿。まだまだ進みますよ。 以下おまけ。 |
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豊川市内のマンホール、赤坂宿ソテツのデザイン。取材中、宿場付近ではソテツは見られず。 | |
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岡崎市内のマンホール、矢作橋のデザイン。実物の矢作橋は、岡崎市街から知立寄りに位置。 | |
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