第42宿場「桑名」の章 | ||
撮影日 | 2013年11月23日 | |
サポート隊員 | Mr.人力二輪 | |
三重県桑名市 | ||
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前回のあらすじ 七里の渡しのその先は、暴れ川の河口の程近く、弁鰓類料理で知られる桑名宿であった。 |
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やって来ました桑名の宿。 大河を越えて気分はほとんど近畿ですが、真の近畿までには峠越えが待ってますね。 やれやれだ。 |
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渡しの近所の建造物。河川流通の監視小屋みたいです。東海道の東からの旅人は、この小屋が見えると、桑名にやって来た気分になったそうです。 いわゆるランドマークですね。 ゲームの世界ではここに鷹匠がいるはず。 |
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江戸時代はこんなイメージです。 | |
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どうやら小屋の中に入れるようですが、まだ開店時間前のため、スルーいたします。 | |
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渡し場付近より、宮宿方向を望む(推定)。 直線的にはおおむねこの方向でしょうが、当然ながら見えませんね。 |
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七里渡しの発着場付近。この辺に本陣、脇本陣があったようです。渡しに直結とは豪華ですね。 いまは料亭が二軒並んでます。21世紀現在では、大名ではなく県議とか市議がやってきたりするのでしょうか。 |
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発着場の近くには常夜灯があります。 | |
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七里の渡しの石碑もありますが、設置位置がちとさびしいですね。 | |
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東海道のルート案内標柱もあり。 これはすばらしいですね。 |
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旅の道連れは"Mr.人力二輪"。 「米袋でも何でも運んでやるが、長距離だけは勘弁な」というのが口癖ですが、今回は涙を呑んで桑名宿まで来てもらいました。 |
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街道筋の風景。道路脇に立っているのは、凝った装飾の街灯。和風かつモダンな意匠がぐっどですね。 しかし色々割れたり欠けたりしていて残念至極です。 |
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街道端で街道風公園を発見。なかなか面白い趣向ですね。しかし、何宿場かにひとつ似たようなものがあります。みんな似たようなこと考えますね。 | |
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街道オブジェよりも、この時期は紅葉の方が見応えがあります。 | |
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まだまだ歩きはじめですが、ここでおやつゲット。 商品名は"どら焼き"ですが、モノはイワユル大判焼き。でもドラといえば銅鑼ですね。 |
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70's風の建物ですが、ここは吉津屋見附跡。お侍さんの詰め所だったそうです。いまは公民館的な建物。 | |
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見附跡の近隣の商店。弁鰓類を調理した食べ物を商っているようです。店が開く前だったので、商材は未確認。 |
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ここにも街道の標柱。 | |
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途中で発見した素敵なお店、いもや本店。店先はやたらにファンキーです。開店前?のため、店内は未確認。というか、営業しているのかどうか、気になりますね。 | |
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旧道沿いの某道端で発見。20世紀レトロな感じがぐっときます。実際の住み心地は、さあどうでしょうか。 | |
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某市営団地そばで発見、江戸時代の鋳物工場跡地。 標識も何もないので、ガイドブック等を見てないとただの空き地です。 |
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鋳物工場跡地の近所の神社。どうやら鋳物師にご利益があるそうですが、えらく分野限定のご利益ですね。現代だと鋳鉄製品製造業者が該当するのでしょうか? | |
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東海道道標と火の見櫓跡地的な何か。 結構新しい。出初式もここでやるのでしょうか。 |
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街道の風景。昔この辺りは松並木で有名だったそうな。写真右の木は工場敷地のもの。 工場の木の方が往時の雰囲気を醸し出しているかも。 |
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昔橋があったところにある看板。今、橋はない。 | |
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橋のたもとの常夜灯。 いい仕事してますね。 |
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橋のあったあたり。 今は公園です。 |
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公園内の案内看板。 絵図の入った解説が親切ですね。 |
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この辺が橋だったのかも。 | |
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橋を越えた先にある電柱に現代の街道案内板、これあり。けっこう立派なやつですね。もちろん旧道を示してます。 | |
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旧道の街道端のポン自販機各種取り揃え。哀愁をそそられます。 ワタナベ酒店前。 |
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うっかり見過ごす一里塚跡。あるだけましでしょうか。 | |
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某私鉄駅前広場に道標あり。駐輪がひどいようです。 | |
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旧道沿いの某工場。素晴らしくでかい敷地です。地域の雇用にも貢献していること確実ですね。 | |
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街道名物、縄手の道。宿場や立場の同士の間の道のようです。 取材時には秋の空と紅葉を満喫。 |
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縄手沿いの造成地。ナントカホームが家を作ってくれるそうです。好評分譲中。 | |
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旧道を外れたところに常夜灯が。移設したのか、あるいは向こうが旧旧道だったのでしょうか。 | |
三重県四日市市 | ||
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ついに四日市に突入。 あんまり疲れたので、道脇の小停止という名の店で小休止 |
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この辺に伝説の池があったらしいが、詳細な場所は不明、という内容の看板。 | |
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街道にいる時も津波に注意しましょう。 | |
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街道遺産、その名も一里塚橋。小さな生活道路の橋ですね。 | |
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こちらはその名の由来、一里塚の標柱。 | |
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某大帝以外の貴人もやってきた記念の看板。さすがはカイドウ・オブ・カイドウ東海道。 | |
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この辺は京都方面に行くに従い、標高が下がるようです。 | |
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東海道道標。よくあることですが、扱いひどいですね。 | |
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ここは東海道 間の宿場富田。エンペラーもやってきた。レンガ積みが渋いですね。 | |
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四日市の力石。 昔、この石を持ち上げられると尊敬されたそうです。今は固定されてるので、持ち上げ不可。 |
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道端の木、往時の一里塚はこんな感じでしょうか。 | |
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桑名名物が入ったおにぎり。参考までに。 | |
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四日市宿手前、海蔵川沿いの公園にて。公園の石碑は、標柱よりわかりやすくて親切ですね。なお、公園は工事中。 | |
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四日市までもう少し。 | |
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対岸より先ほどの公園を望む。河川流路も工事中ですね。 | |
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四日市宿はもう目前。 | |
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この橋を越えると四日市の宿場です。 | |
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