第38宿岡崎の章 | ||
撮影日 | 2014年10月11日 | |
サポート隊員 | 人力二号 | |
愛知県県岡崎市 | ||
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本日は秋の大街道走行日!早朝の名鉄東岡崎駅に到着。 人力二号は完全武装モード。 箱根に続き今回もお泊り。 ちなみにエチゴ氏は労働で欠席。 |
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東岡崎駅には豊橋から名鉄乗換えでこられます。 豊橋から名古屋までの東海道は名鉄沿線をたどればアクセス簡単。 |
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岡崎市役所はかなり豪華!さすが徳川家康の出身地ですね。 | |
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岡崎宿場は27曲がりという複雑な宿場。当然再現するべく宿場に突入。 | |
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家康公400年とのこと!没後でしょうね。 | |
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岡崎の商店街は、寂れる一歩手前のいい感じの商店街! | |
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道の向こうには本多康重公の菩提寺があります。 | |
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岡崎は信州方面にも道が続いています。とはいえ売木村とか信州の最南端ですが。 | |
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松坂牛のお店もあります。食べたいですね。 | |
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江戸期の大名田中吉政とクスリの大黒屋です。 | |
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人力二号と岡崎27曲がりの案内 | |
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標識をたどり進みます。次の籠田総門まで直進 | |
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岡崎の旧商工会議所、元は岡崎銀行の本店だったとか、大正6年のことです。 岡崎銀行は今で言う東京三菱UFJ銀行のUFJの部分の東海銀行に合併されたとのこと。 |
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1590年豊臣秀吉の小田原攻めが終わると、徳川家康が江戸に移動、それから作られた門とのこと。 | |
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27曲がりをがんがん進みます。 | |
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こんな狭い路地が東海道? | |
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案内の杭のとおり進みます。 | |
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丁寧に川を渡れと! | |
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今度は坂を下れと・・。 | |
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もはや幹線道路でもなんでもないですな。 | |
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昔なつかしラジオ商がありました。 しかし、ラジオは販売してるのでしょうか? |
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今度は歩道橋をわたれとー・・・。 | |
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岡崎城の天守閣見えます。 | |
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27回以上曲がった気がする・・。 | |
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おなかが空くのでコーヒーとサンドイッチを補充。 | |
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進んだところみその店が! | |
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八丁味噌は岡崎の名物! 味噌問屋の金貸し業務が銀行の原点でしょうか。 |
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味噌の通りを爆走します。 大昔の朝ドラの舞台はここだったようです。 |
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左は江戸。 |
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矢作川を渡河します。 名鉄の橋が見えています。 |
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広重の名版画のポジションから一枚撮影。 奥に岡崎城が見えています。 |
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江戸時代の様子。 |
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渡河してからは宿場を終え街道らしい道に。 | |
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親鸞聖人ゆかりの勝運寺。 とりあえずスルー。 |
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国道1号に戻ってきました。 | |
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薬王寺が国道の反対側に見えてます。 | |
愛知県安城市 | ||
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安城市突入! | |
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並木がいいねえ。 | |
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ひたすら走ります。 | |
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ここには岡崎の海軍航空隊の基地があったとのこと。 | |
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宇頭茶説教所にはおなじみ明治天皇の碑があります。 | |
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お地蔵さんのある。永安寺。のんびりした雰囲気がいいですね。 | |
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並木道をスピード出してこぎます。 | |
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ヘキカイ信金はここのあたりでは有名かも。 | |
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鰻の「かねぶん」の看板があります。 街道沿いには多くのうなぎ屋があるのです。 |
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愛知県県知立市 | ||
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猿渡川橋を越えました。 ここから知立市 |
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御鍬神社です。農業系の神社かな? | |
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名古屋に向けて走ります。 | |
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人力二号と一里塚にて休憩。 | |
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牛田町を越えればよいよ知立宿です。昔は池鯉鮒でチリフと読んでいました。漢字で書くと(いけこいふな) | |
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