第53宿場「大津」の章 | ||
撮影日 | 2012年7月15日 追加取材:2013年4月14日〜5月16日 |
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サポート隊員 | Mr.人力二輪 | |
滋賀県大津市 | ||
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前回のあらすじ 沈む日と共に現れた「ここから大津」の案内。 それは学生アパートの裏庭のようなところに建っていた。 |
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ため池脇の標柱。 街道の立場跡のようです。マラソンで言う給水ポイントのような集落だったようです。 ため池の由来も書いてあります。 |
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街道の始点と終点までの距離。 日本橋は遥か地平の彼方。 |
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街道ウォーカーを惑わす住宅街の罠。 直進がいかにも旧道風ですが、正解は右折の道。 |
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大津界隈の名物、瀬田の唐橋。 この橋を制するとポイントが高いとか。 今はただのコンクリ橋ですが、交通規制がかかると通勤通学に大幅に支障が出るでしょう。 その意味では、この橋に重要性は今も健在ですね。 東庵世界の中世の大英雄はこの橋に風林火山の橋を立てるように遺言したという。 |
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橋の袂の看板。 故事来歴が書いてあります。 |
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川っ縁の車止めにも浮世絵。 風流ですね。 |
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昔の常夜燈。 かつてはここに蝋燭か油を入れて火を灯したのでしょう。 いまの常夜燈はナトリウムランプか何かでしょう。 |
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唐橋を渡ると、 |
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街道の面影のある町並みです。 | |
この辺りは道沿いの様子が多彩です。 その1工場脇。 |
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その2住宅街。 電信柱に東海道道案内付き。 |
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その3屋敷の塀風デザイン。 ここにも東海道案内。 ちなみに唐橋以降は道の近傍にJRと京阪の線路があるため、踏み切りがそこかしこにあります。 踏み切り天国。 |
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そんな辺りをうろうろしていると、 義仲寺発見。 某KISO Familyの人物に縁のあるお寺だそうです。 時間の都合ですでに暖簾は下りていました。 ここは源氏同士の内戦の現場です。 義仲は征夷大将軍にもなった大英雄。 |
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道中、おもしろい看板を見つけました。。 そうとうおもしろいみたいですね。 |
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路傍に地元ガバメントのセントラル・オフィスが見えます。 なかなか立派ですね。 そろそろ終点が近いようです。 |
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ここでは、商店街をあげて街道をフィーチャーしていますね。 | |
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町並みは超街道的。 | |
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そして、忘れてならないこれ。 | |
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某重大事件の発生地点。 写真つきの解説で素晴らしいですが、四隅が剥がれ気味なのが若干残念ですね。 |
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ザ・宿場筋な雰囲気の通りを抜けた先の字路の一角。この辺に高札場が在ったそうです。 ここから京都方面へ向けてはしばらく登り坂。 |
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先ほどの十字路を直角に曲がります。 お次の宿場続く、山越えのルートが見えてきました。 ちなみにこのあたりは、ローカル私鉄の路電風区間でもあります。 「京阪乗る人こけいはん」とはよく言ったもの。 |
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ここから普通の電車になります。 電車が坂を下るときのブレーキ音は通りに響き渡ります。 |
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坂道を登る途中で本陣跡を発見。 石碑と看板だけがあります。某大帝の碑も併設。 |
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現在、本陣跡地には労働関連機関の建物が建っています。 | |
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坂の途中、橋の上よりの光景。 路線が交錯しています。 上K半、下JR。 |
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のぼり坂の途中。昔誰かと誰かがばったり出会ったポイントだとか。 なお場所は滋賀県。大阪府ではありません。 逢坂の関の碑です。 |
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ちょうど電車が下ってきました。 この線路のおかげでいろいろな道がぶった切られているのが、このあたりの特徴です。 踏み切りの向こうは神社です。 |
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放浪の琵琶法師的キャラクターイメージの確立には、この神社が深くかかわっているそうです。ベベン。あらさーには源平討魔伝 なお、大津から京都へ向かうこの坂を登る道すがら、関連の神社があと2つあります。大人気なようですね。 |
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もう少し登ると、偉大なりNational Road "Koku-One"に合流します。 四日市までいけるようですね。さすが"Koku-One"。 |
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背後の某湖では遊覧船に乗れます。 天下の険のあたりにも似たようなものがありますね。 |
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道端で見かけた某political partyの広告ポスター。 この写真にこのコピー、伝えたいことがいまいちファジーですね。もっと的を絞りなさい、とプレゼンの先生に言われそうです。 |
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坂の途中の某大学の施設。 施設の敷地の先に、歴史散策路的なものがあるようですが、施設が閉鎖中のため立ち入れません。 残念。 |
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"Koku-One"と合流です。交通量が多いので、要注意ですね。 |
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頭上では名神高速が工事中。 インフラには維持管理が欠かせませんね。 |
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例の神社の二つ目。 先ほどのものより、ややこじんまりした感じです。 |
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お大師様関連施設もあります。 某大帝とお大師さまの全国行脚率は双璧を為す感じですね。 |
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街道筋の常夜灯も発見。 ぎりぎり残った/残した感がありますね。苦労がしのばれます。 |
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昔もこのあたりは流通と交通の要衝だったとの事。 荷車が沈まないよう、道に敷石をしたのだとか。 |
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ついに坂のてっぺんです。 下りも長いんですけどね。 |
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常夜灯と関所跡の碑 関所は逢坂山関だそうです。石碑の少し先には関所跡の公園とトイレがあります。 |
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白壁瓦屋根がトイレ。 クラシックスタイルがいいですね。ここで"Koku-One"と旧道との分岐でもあります。 なお、関所の正確な位置は不明だとか。 |
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旧道に入ってすぐの印刷業者の看板。 かつての大津宿では、色んな版画が名物だったそうです。 |
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ブツはこういったもの等々。 | |
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また、逢坂山関周辺では、錦糸玉子を載せたうなぎが名物なのだそうですよ。 この時はおなか減ってないのでスルー。 |
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うなぎ屋のうなぎのぼりがうなぎっぷりを主張しています。 うなぎのところからは、ゆるく長い下り坂です。 |
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うなぎや最寄の公共交通機関。 いわゆるK半。うなぎを食べるときはぜひこれに乗りましょう。 |
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線路や国道に寸断され、旧道ルートを行くのは大変ですね。 | |
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クラシカルな佇まいの民家の前にクラシカルな展示物。 すばらしいですね。 |
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現代の峠(を下ったところ)の茶屋っぽいもの発見。 残念ながら営業していない様子。 |
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ここは追分町。 同名の地名は街道界隈ではよく目にします。左に曲がって旧道へ。 |
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こういった案内は街道ウォーカーにはうれしいですね。 | |
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ここにも敷石関連の物が。 | |
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説明があってかろうじてわかるものですね。 | |
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この旧道は、滋賀と京都の狭間にあるようです。 | |
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東海道と伏見街道の追分。 右が東海道。 東海道しょぼいですね。 そして、このしょぼい方の先はついに京都。ラストは目前です。 |
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往時の山越え荷運びはこんな様子。 次回の道中でこの遺構に遭遇します。 |
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