関野の章(神奈川県相模原市藤野町小渕)〜(山梨県上野原市上野原)
例によって相模湖畔の特殊ホテルの看板です。
なんかびみょーな気分になりますね。
東京から70kmとなりました。所謂山梨県突入まで秒読み段階です。 藤野には珍しい位
大きなマンションです。誰が住んでいるのでしょうか?
高速道路の下を歩道が通っています。
ここはもの凄く狭い所なんですよ。
Mr超過勤務大いに感動しています。
そして、吉野からあっという間に関野に到着です。
看板によるとかなり重要な宿場だったとのこと、しかし往時の宿場は明治時代の火事で焼失してしまったとのことです。
残念!
Mr超過勤務と国分寺元帥氏関野本陣後で記念撮影を敢行。
ここもどうやら火事で焼失してしまったようです。
あとすこしで神奈川県編を終えます。
道は果てしなく続きます。
曹同宗「増珠寺」
所謂関野宿のお寺ですね。
ここら辺は1800年代前半に活躍した力士追手風喜太郎なる力士が出身したという。
伝説の場所です。
おにぎりで記念撮影
東京より71km地点
まもなく神奈川県を終えます。
近所の墓石店を撮影。
ローン組んで買おうかと思っちゃいますね。車と家の後
結構トラックが通過して面倒くさいところですなあ。
Mr超過勤務ご立腹
そしてここの信号
名倉入り口を下に潜ります。
国分寺元帥氏橋を発見!
この橋から先が山梨県所謂甲州です。
神奈川最後の想い出に藤野町のゴミのチェックを行います。
ついに甲州突入!山梨県編がスタート!
この橋(滝沢橋)が相模湖が相模川に変わるところなんですよね?
なんでかって?
湖面が山梨県に入るような人造湖の設計は行わない?「滝沢橋」 そして、そのあとは怒濤の上り坂が続きます。 そんでもって上野原エンタランスにあるのが諏訪関跡の碑です。
小仏関所(八王子)と組の関所だったようですね。
女性は上り江戸方面に手形が必要だったらしいです。
所謂、この県東部地区の大学出身の両人本拠地に帰ってきてうれしそうです。
ぼーっと歩いてみます。 巨大神社発見!
その名も諏訪神社。
上諏訪のバス停
ここは富士急行バスの縄張りですね。
挨拶をかわす思いやりの道
旧甲州街道
昔を偲ぶ思い出の道
↑と書いてあります。
ここにも一里塚跡がありました。
残念なことに何も残っちゃいないけどね。
そう、ここの神社コレラの流行と何か関係があるような感じでした。
Mr超過勤務興味深げに観察です。
次回:予告!

上野原を満喫する一行。
それは旧道ベースの地獄が始まるプレリュード。
発狂か満足かあるのは二つに一つ。
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